汚い言葉



 20才のころのことを時々思い出す。

 大阪の黒門市場の近くにあるコンビニでバイトしてた頃のことを。

 その店には絵に描いたようなロックンロール!って感じの

 大阪ではちょっと有名だったらしいミュージシャンの女性が

 働いていた。Mさんという人で、丁度一回り年上だったと思う。

 背が高くて、がっちりしてて、強くパーマのかかった赤い髪。

 ボロボロのジーンズに重そうな革のブーツ。

 いつも不機嫌そうな顔をしてて超怖いんだけど、

 私がシフトに入ってないときでも、

 Mさんが商品を並べる担当だと翌日すぐ分かる。

 カップラーメンやお菓子の顔がきちんと真正面をむいた

 それはそれは美しい陳列を、今でも鮮明に思い出せる。

 トイレのティッシュをいつも三角に折っていたことも

 思い出して笑ってしまう。ギャップ萌え。


 Mさんは喧嘩が強かった。

 土地柄なのかヤクザやチンピラたちも普通に、

 クリームパンとかおでんなどを買いに来る。

 ちょっとでもレジの私に態度が悪いヤクザがいると

 Mさんがすぐにやってきて注意しちゃうから、

 私はいつもドキドキしてて。

 ある時、私がいない日のこと。

 態度がかなり悪い女性とMさんが喧嘩になったらしい。

 その女性は組長の女だったことが後で分かるんだけど、

 バイトが終わったMさんが外に出たら、

 ヤクザが数人待っていて、Mさんは人質となり

 事務所まで連れて行かれた。

 結果的にはそこの組長さんともその女とも友達になり、

 店には一層ヤクザが来るようになっていた。

 おやつの時間になると近所のおばあちゃんや

 おじいちゃんがやって来る。年寄りと子供と動物には、

 とにかく優しいMさんの顔を見にたくさんの暇な老人が

 やってきては嬉しそうに買い物をしていった。


 今、思い出しても強烈に謝りたくなる事件がある。

 その日は朝からずっとトイレから猫の声がするって言ってたMさん。

 私は品出しと発注に忙しくて、

 え〜そうですか?と真剣には聞いてあげてなかった。

 午後になり店長がそろそろ来る時間になると

 「太田さん、悪いけどちょっとレジ頼むね」

 とだけ言ってMさんは消えてった。

 と思った瞬間、トイレからものすごい音がして、

 店内にいたお客さんも怖くなったのか、

 面白いようにそそくさと帰っていく。

 レジ待ちのお客さんをすべて終わらせてから駆けつけたトイレは、

 壁も天井もなくなっていて、瓦礫の山のその奥からは

 ドリフの爆発コントみたいな頭から足先まで埃だらけのMさんが

 小さな子猫を二匹抱えて出てきた。

 かなり古くなったビルのトイレの天井には小さな穴があって、

 そこから生まれたばかりの子猫が床に落ちちゃって、

 天井にいた親猫が必死に泣いていたらしい。

 猫がいるのは間違いないと確信したMさんは、

 修理代を払う覚悟でトイレの壁や天井を素手でぶっ壊し、

 子猫を二匹と親猫を救出したのだった。

 それを聞いて私は内心マジか〜と思いながら、

 ただ笑うしかなかった。


 Mさんには当時、優しい8才年下の彼がいた。

 Mさんはいろんな悪党に誘拐されてはボコボコになってた過去があり(笑)

 バイトが終わると毎日彼が自転車で迎えにくる。

 会うと優しい笑顔で挨拶してくれる人だった。

 彼と一緒に住んでるマンションは動物が飼えないので、

 Mさんは別にアパートを借りていて、そこには拾った猫たちを

 10匹ほど住まわせていた。もっとだったかも・・・?

 そのアパートに子猫二匹と親猫一匹を追加するのは物理的にも

 金銭的にも難しいらしく、

 (それでなくても毎月病院代やら、去勢代がすごくかかっていたから)

 太田さんの家で飼えないかと相談された。

 私は母親が絶対にペットはだめだって言ってるし、

 そもそも私がアルバイトをしてることをよく思っていなかったし、

 いろんなことが面倒臭くなる気がして、とっさに嘘をついていた。

 「うちも飼えないんです。」

 Mさんはただ困った顔して「シフト増やして、

 もう少し大きなところに引っ越さないとな」って笑ってくれた。

 私は自分がずるくて超嫌な女だと思って恥ずかしかった。

 今でさえそう思って胸の奥がどきんとする。


 午後になって店にきた何も知らない店長は、

 便器しか残ってないトイレを見て、ものすごく怒ってた(笑)。

 しかし「修理代は出すから」と超ぶっきらぼうに答えるMさんには

 何も言えず、言いやすい私だけが地味〜に叱られた。


 そういえばバイトの初日、店長に

 「実はね、Mさんって変な女がいるんだけどね、

 太田さんは真面目そうだし、なるべくMさんには関わらないように。」

 と言われていたっけ。

 店長には申し訳ないけれど、私はどんどんMさんを好きになり、

 Mさんみたいに綺麗にカップラーメンを陳列したいと思うようになり、

 トイレをした後は私もティッシュを三角折するようになって、

 次いつMさんと一緒に働けるのか、レジ裏に貼ってあるシフト表を

 わくわくしながら見つめるようになっていた。

 Mさんとの出会いは、それまで内気でおとなしかった思春期の私を

 確実に変えたと思う。(理由はパート2に続く)




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