解毒



 同窓会にも参加しない、大阪に帰ったときも連絡しない、

 大阪を捨ててしまったような冷たい人間の私にも

 誕生日を覚えていてくれて、今でもおめでとうと

 連絡をくれる友達が一人だけいる。 ひろちゃんと言う。

 中学を卒業したのは今から27年前。

 一度か二度、携帯が変わったりロンドンにいたりで

 連絡が途切れた。たいていはそのままな切れたままなのに、

 ひろちゃんとだけは、なぜかいつも復活した。

 私はそれを偶然だと思っていた。

 私はとにかく年々友達が減っている。

 それは心のどこかで苦手な人づきあいをこれ以上

 増やしたくないと思っていたのかもしれない。

 ひろちゃんの誕生日もいつも忘れてしまう。

 めっちゃ最低なのが毎年自分の誕生日にメールをもらって初めて、

 ひろちゃんの誕生がとっくに過ぎてることを思い出す。

 彼女は全然気にしてない感じでとにかく優しい。(マリア様か)



 地元のみんなは今でもしょっちゅう

 集まっているらしく時々みんなで飲んだ時の写真を

 付けてくれる。その写真がとっても面白いのだ。

 変わり果てているのは男子ばかりで、

 頭がうすくなっていたり、丸々と太っていたり、

 お腹だけがすごく出ていたり。

 なによりもそのファッションよ!(笑) 時間差で衝撃がくる。

 そうか おじさんになるとはこういうことなのか!

 何度か顔を指で広げて拡大しても、

 誰が誰なのかさっぱり分からない。

 一方で女子はというとみんなたいして変わらずにいる。

 美人だった子もそうでなかった子もみんな綺麗なのだ。

 毎日の積み重ねは、残酷に結果に響いてくるのだと

 痛感させていただいた。



 だけど、自分の毒にも気づかされるのだ。

 私は上質な暮らしの呪いにかけられた東京かぶれの痛い女だ。

 素敵に生きるとか、フェミニズムとか、おしゃれとかさぁ。

 なんだかとてもいい気なもんで、恥ずかしい。

 あの頃、どうしても地元じゃ息ができなかった自分を今でも

 鮮明に覚えているし、今もそれは生きている。



 ちなみに、どんな関係でもメンテナンスなしでは

 終わります。たとえ血のつながった親子でも容赦無く。

 だから大切な人との関係は、努力してメンテナンスしないとだめだし、

 そうじゃない人との関係は何もしない方がいい。

 これがなぜか逆になってる人がけっこういる。

 ひろちゃんが彼女の中学時代の縁を、

 (私に対してだけではないのは近況報告から伝わってくる)

 大事にていねいにメンテナンスしてくれていること。

 何度も捨ててきた地元の縁が今でも切れないでいること。

 それがどれだけ奇跡的で私にとって大事な解毒になっていたかを

 今ごろになってやっとわかってきた。

 とほほ。ひろちゃん、気づかせてくれてありがとう。






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